大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和44年(モ)16390号 判決 1970年2月06日

債権者 三菱建設株式会社

債務者 田中鎮之

主文

(1)  債権者と債務者間の東京地方裁判所昭和四四年(ヨ)第六、七四〇号不動産仮処分事件について、同裁判所が昭和四四年八月八日なした仮処分決定は、これを取消す。

(2)  債権者の本件申請を却下する。

(3)  訴訟費用は債権者の負担とする。

(4)  この判決第一項は仮に執行することができる。

事実

第一当事者双方の求めた裁判

(一)  債権者(代理人)

(1)  主文第一項掲記の仮処分決定認可の判決。

(二)  債務者(代理人)

(1)  主文第一乃至第三項と同旨の判決ならびに主文第一項につき仮執行の宣言。

第二債権者主張の申請の原因

(一)  債権者は、昭和四一年二月二五日、申請外田中興業株式会社に対し、金三、〇〇〇万円を資付けることになつたのであるが、これに伴ない、債務者は、同日、債権者の右貸金を担保するため、当時債務者の父申請外田中武雄が所有していた別紙物件目録<省略>記載の不動産(以下本件物件という)につき、これが所有権を取得すれば順位第一番の抵当権を成立させる旨の契約を、債権者との間で結んだ。

(二)  債務者は、昭和四一年四月三〇日、相続により、本件物件の所有権を取得し、他方債権者においても、同年三月四日、申請外田中興業株式会社に金一、〇〇〇万円を貸渡す迄に至つているのに、債務者は債権者の取得した抵当権の設定登記手続をなすことを肯んぜず、それどころか本件土地につき、すでに第三者である申請外三和銀行のために元本極度額金二、〇〇〇万円の、申請外株式会社日本高層住宅センターのために金二八、二〇七、〇〇〇円の、根抵当権および抵当権各設定登記をなしているほか、本件土地を他に売却する等の話をすすめている模様である。

(三)  そうなつては、債権者が債務者に抵当権設定登記手続を求める訴訟を提起追行し、勝訴判決をえたとしても、設定登記をなすことは不可能となり、また他に制限物権が設定されると、抵当権の順位を確保することができなくなるので、債権者は、昭和四四年八月七日、東京地方裁判所に、債務者を相手方とし、本件物件につき譲渡、質権、抵当権、賃借権の設定その他一切の処分をしてはならない旨のいわゆる処分禁止の仮処分を申請し、同裁判所より同月八日同趣旨の仮処分決定(以下本件仮処分決定という)をえたので、その認可を求める。

第三債務者の答弁および主張

一(一)  申請の原因第一項のうち、昭和四一年二月二五日債権者が申請外田中興業株式会社に対し金三、〇〇〇万円を貸付けることになつたこと、本件物件はその頃債務者の父申請外田中武雄の所有するところであつたこと、は認めるが、その余の事実は否認する。

(二)  同第二項のうち、債務者が昭和四一年四月三〇日相続により本件物件の所有権を取得したこと、本件物件につき既に申請外三和銀行および株式会社日本高層住宅センターのために、債権者主張のとおり、根抵当権および抵当権設定登記がなされていること、前同年三月四日債権者より申請外田中興業に金一、〇〇〇万円が貸渡されるに至つていること、は認めるが、その余の事実は否認する。

(三)  同第三項のうち、債権者が東京地方裁判所より、その主張のとおり、本件仮処分決定をえたことは認めるが、その余の主張は争う。

二(一)  本件物件につきなされた債権者を権利者とする抵当権設定契約のもう一方の当事者は、債務者でなく、申請外田中興業株式会社である。これは抵当権設定契約書の記載自体より明らかで、右申請外会社名義でなした契約の法律効果を債務者に及ぼすべきものとする債権者の反駁はすべて理由がない。しかも、右申請外会社が本件物件の所有権を取得していない以上、債権者は本件物件に関し、債務者に抵当権設定登記手続を求めることはできない。

(二)  また仮りに、前記抵当権設定契約のもう一方の当事者が債務者であるとしても、右契約は債権者が申請外会社に金三、〇〇〇万円の貸渡をなすことを停止条件とするものであるから、金一、〇〇〇万円を貸渡しただけである債権者は、債務者に対し、抵当権設定登記手続を求めえない。

いずれにしても、債権者の本件申請は理由なく、従つて本件仮処分決定は取消し、右申請は却下されるべきものである。

第四債権者の反駁

債務者の主張のうち、債権者が申請外田中興業株式会社に金一、〇〇〇万円を貸渡しただけであることは認めるが、その余の事実はすべて否認する。

本件物件につきなされた債権者を権利者とする抵当権設定契約のもう一方の当事者が債務者であることは、債務者が申請外田中興業株式会社の代表者であること、右申請外会社は債務者個人の信用を基礎に営業を続けているもので実質は債務者の個人企業といえること、前記抵当権設定契約締結に当つては債務者自らが折衝に当り、契約書調印もなしていることを考慮すると、申請外会社名義でなされた契約であつたとしても、申請外会社の法人格は否認され、実質的な契約当事者は債務者と判断されるか、あるいは、契約書上は申請外会社となつていても、両当事者の意思は債務者を当事者とするものと判断されるか、のいずれかの理由により明白である。

第五疎明<省略>

理由

債権者は、債務者との間で本件物件を目的とする抵当権設定契約が締結されたことを事由に、右設定登記請求権を保全するため、本件物件につき、いわゆる処分禁止仮処分を求めているのであるが、かような事由にもとづいて処分禁止仮処分が許されるか否かを、まず検討する。

仮処分命令において定められる処分の内容は、すべて、被保全権利の有する請求権能の範囲内でなくてはならないというわけではないけれども、被保全権利とされる権利の実現のため必要適切な限度にとどめなくてはならない。抵当権は目的物より優先弁済を受けうる権利であり、対抗要件を備えたものにあつても目的物の用益に干渉することはできないものである。しかるに、これが対抗要件を備えていない段階において、登記請求権を保全するため、他に有効な方法がないからといつて、爾後の第三者による目的物の用益をすべて禁じるのは、必要適切な限度をこえるものといわざるをえない。右のようなたぐいの仮処分は、これにもとづく仮処分登記が、所有権移転登記請求権を保全するためのそれと、その効力を異にし、第三取得者も、取得自体は仮処分債権者に対抗しうる結果が是認できる余地ある法制下でならば、許容しうるかも知れないけれども、所有権による場合も、抵当権を根拠とする場合も、同様の主文をもつて発令され、登記簿上もまつたく同様の記入がなされることになる現行制度下では、右仮処分をいま直ちに、許容することはできないものと解される。

抵当権は、右に述べたとおり、被担保債権の弁済を目的とするもので、目的物の用益にかゝわるものでないところであり、他方抵当権は、未登記のものであつても、競売申立をなしうるものであり、さらにまた、被担保債権を請求債権とする不動産仮差押あるいは仮登記仮処分などの方途により、債権の弁済を確保しうるものであることを考慮すると、本件のような場合、処分禁止仮処分を許さないからといつて、未登記の抵当権者に救済の途をまつたく閉してしまうことにはならないのである。

そうすると、たとえ、事実がすべて債権者の主張するとおりであるとしても、債権者は、本件物件につき、処分禁止、そのほか申請に添つた内容の仮処分を求めることができないことになるので、その余の点に判断するまでもなく、債権者の本件申請は理由がなく、右申請を認容して発した本件仮処分決定は取消さざるをえない。

よつて、本件仮処分決定を取消し、債権者の本件申請を却下することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、仮執行の宣言について同法第一九六条第一項を適用したうえ、主文のとおり判決する。

(裁判官 谷川克)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例